夜明けと共に眠りについた遊星が目を覚ましたのは、夕暮れ時だった。ざっと計算するとまるまる半日、つまり十二時間は寝ていたことになる。いくらなんでも寝すぎだ。遊星にしては非常に珍しい。
寝ぼけ眼の彼は、凝り固まった首の骨を鳴らしながら、台所へ向かう。流しに放置されているマグカップを手に取り(それはクロウの物だったが、彼にとっては些細なことだ。気にするに値しない)、中に入っていた水を捨てる。そのまま洗ってもいないマグカップにインスタントコーヒーを大量に入れ(スプーンなど使わず、瓶から直接入れる)、ポットに残ったぬるいお湯を注ぐ。当然、溶け切らない顆粒がぷかぷかと水面に浮くのだが、これもまた彼にとっては些細なことだ。構うことなく最初の一口を飲む。するとすぐに二口目が欲しくなる。三口、四口と続けざまに飲む。結局、ほとんど一気飲みをしてしまった(しかも、台所に立ったまま)。彼は空になったマグカップの底を目にして、ようやく自分の喉が渇いていた事を自覚した。
コーヒーによって頭が覚醒してくると、家の中が静かなことに気付いた。
マグカップが放置されているのだから、クロウは出かけているのだろう。十中八九、仕事で。ではジャックはどうだろう。いるのだろうか。考えても判らない。ジャックは一日中家にいたりもするが、ふらりと出かけて、そのまま三日くらい帰らなかったりもする。
特にこれといった用も無いのだが、なんとなく、本当になんとなく、遊星はジャックの部屋へ向かった。扉をノックして、名前を呼んで、もう一度ノックしてから、「入るぞ」と言って扉を開ける。すると案の定、中には誰もいない。予想通りだ。それだというのに彼は、期待を裏切られたような脱力感を味わった。
念のためクロウの部屋も見てみたが、やはり誰もいない。今度は脱力感だけではなく、胸の辺りが寒くなった。妙な話だ。彼はたっぷり十秒ほど呆けてから、いつもの作業場へ向かうべく階段を下る。
階段を下るその途中で、聞き慣れた音がした。段々と近付いてくるそれは、Dホイールのモーター音だ。音量はごく小さいが(減速しているためだ)、遊星にはすぐ判った。この音は、クロウのDホイールだと。そう認識するや否や、彼は階段を駆け下りた。
作業場兼ガレージである1階(正確には、吹き抜けになっている地下1階)には、遊星のDホイールとジャックのDホイールが並んでいた。いつも通りだ。白いDホイールがきちんと置いてあるのを目にすると、彼は無意識のうちに安堵のため息を吐いた。大丈夫、ジャックも遠くに行っていない。すぐ帰ってくる。
間もなくクロウが帰ってくる。きっとクロウは遊星を見とめると軽く笑って、いつものように、握った拳を突き出してくる。小さい割りにごつごつしたその拳を突き返せば、遊星は、いつもの遊星に戻ることができるのだ。
孤独になれない男/遊星と/シティ暮らし/2009.08.29.
遊星は孤独になれない(慣れない)。
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