いつまでも子供扱いしないでくれよ。俺はもうこんなに大きくなったし(身長だって君より高い!)力だって強くなったし、頭だって良くなった(君がいろいろ教えてくれたから)。ちょっと前までは君がいないとそれだけで淋しくて泣いていたけれど、今はもう平気だ。遠くへ行く君を、笑って見送ることだってできる。大声で泣いて「置いて行かないで」って駄々をこねるほど子供じゃないんだ。
それなのに君は、いまだに俺を子供扱いする。俺の頭を手で撫でて「じゃあ、またな」と優しく笑う。違う、俺が欲しいのはそんな優しい笑顔じゃない。もっと明るく笑って、景気良くハイタッチなんかして、爽やかな気持ちで見送りたいんだ。子供扱いは嫌だ。君の隣に立ちたい。肩を叩きあって笑いたい。俺はもう大人なんだから。
「いつまでも子供扱いしないでくれよ」
口に出してそう言ったら、彼の動きがぴたりと止まった。優しい笑みが、だんだんと消えていく。俺の頭に乗っていた手も、離れていく。彼は表情を消して、俺を見上げた。何を考えているのか全然わからない顔。今まで見たことも無い目、聞いた事も無い声で彼は言う。
「お前はまだ子供だ。鏡に映った自分だけを見て、大人になったと勘違いしているだけの子供だ」
「違う!俺はもう大人だよ!」
あんまりにもキッパリと断言するものだから、反射的に叫んでしまった。ああ、こんなんじゃ彼に笑われる。きっと、そういうところが子供なんだ、って、笑われてしまう。
でも、彼は笑わなかった。それどころか眉一つ動かさない。かわりに、さっきよりも低い声でこう言った。
「忠告しておく。妙な気は起こすな。俺は、敵だと見做したものには容赦ができないからな」
その言葉で、辺りの空気が凍りついた(ような気がした)。冷や汗が出る。背中が寒い。これが悪寒ってやつなのか?いてもたってもいられなくなって本能的に(反射的に、そう、何かを考えるよりも早く!)一歩後ずさると、彼はとても悲しそうな顔をした。冗談じゃない。泣きたいのは俺のほうだ!
だいたい、妙な気ってなんだ?俺のこと認めてほしいとか、対等に扱ってほしいとか思うことが、妙な気なのか?だとしたら、俺には一切の自由が無いってことじゃないか!望むことすら許されないだなんて!こんな広い大地で自由に動くこともできずに、ただただ君を待ち続ける一生だなんて!冗談じゃない!
そう、思い切り叫んで彼を殴りたい気持ちなのに、なぜだか声が出ない。こんなことは生まれて初めてだ。動けないで突っ立っていたら、だんだん視界が滲んできた。世界が、彼が、ぼんやりとした膜の向こうにいる。
やがて彼はゆっくりとこちらに歩いてきた。そしていつもの優しい声で「悪い、言いすぎたな」と言って、彼は俺の頭を抱き寄せる。優しい手で頭を背中を撫でられて、やっと自分が泣いていることに気付いた。優しい優しい声で「やっぱり、お前はまだ子供だな」と言われて、反論ができない。言葉が出てこない。ただ嗚咽だけが勝手に漏れていく。せめてもの抵抗として、両手に拳を作って、ぐっと握り締めた。彼にすがるような真似だけは、絶対にしたくない。それでも俺は、彼の手を振り解くことができない。握り締めた手から血が流れても、まだ俺は彼を突き放すことができない。
大人になりたい気持ちと甘えたい気持ちがごちゃごちゃになって、頭も体も動かない。どうしてだろう?俺はもう小さな子供じゃないのに!
大人と子供の狭間のこころ/独立革命手前の米と英/2007.04.29.
愛国派と中立派と国王派の三派入り乱れな時期
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