【二人の男】

 我が軍最年少のアルフレッドは、少々風変わりな男だ。
 まず、戦場では恐れ知らずだ。スコアは中の上くらいだが、誰よりも勇敢に敵軍へ立ち向かっていく。その姿は皆の士気を高めて止まない。あんな若輩者が根性見せているのだ、俺達だってやってやる、という気にさせるのだ。つまり彼は主に精神面において、我が軍の勝利に貢献していると言えるだろう。
 かと思えば、仲間内では子供のようにくるくると良く変わる表情を見せる。実際、行動も子供っぽいのだ。戦闘機に描かれたイラストを見て「戦車にも描こう!」と言い出したときには、誰もが笑ってしまった。
 そして彼は、なによりも正直者だ。間違ったことや腑に落ちないことを見つけると、相手が上官や共同で任務に当たっているイギリス軍兵士だとしても、構わずくってかかる。そんなことをすれば一発で除隊扱いされそうなものだが、なんらかの処分を受けたという話すら聞かない。不思議ではあるが、なんというか、こう、彼の主張は、無下に否定できないものばかりなのだ。子供っぽいわがままも、戦略に関する具体的な提案も、どことなく俺達の気持ちを代弁している節があるせいなのかもしれない。

 ところが、そんなアルフレッドの言動に全く流されない男がいる。海賊崩れのライミー野郎こと、イギリス兵のアーサーという男だ。この男は、腕っ節が強いわけでも銃火器の扱いが特別上手いわけでもない。一見すればただの若造だ。だが、そうとう頭がキレるらしく、殆ど参謀のような存在として米英双方の上官に重宝されている(末恐ろしい若造だ)。更に、時折歯止めが利かなくなるアルフレッドのストッパー役としても、重宝されている。

 たとえば、そう、一ヶ月ほど前。戦況も落ち着き、皆の気が少々緩んでいた時期の話だ。
 アルフレッドは、何の前触れも無く唐突に「アイスが食べたい」と言ったのだ。別に、その一言自体は珍しいものでもない。誰だって、ふとした瞬間にアイスやクッキー、あるいは酒や煙草などの嗜好品が欲しくなるものだろう。現にアルフレッドの発言は、周りの兵士達の同意を得ていた。そして彼達はその気持ちを言葉にし、共有することによって、幾ばくかの満足を覚えたのだ。
 だがアルフレッドは満足など覚えなかった。一日中、食べたい食べたいと言い続け、上官にまで「アイスが食べたいんだ今すぐ食べたいんだよねえ何か良い手立てはないかな?いや絶対あるはずだ」と真剣な表情で詰め寄る始末。端から見れば笑えるが、本人は至ってマジだ。本気と書いてマジなのだ。真剣と書いてマジなのだ。ゆえに、このわがままはしばらく尾を引くぞ、と誰もが思っていた。

 そのわがままをあっさりと封じ込めてしまったのが、アーサーだ。その時彼は高圧的な態度で(まあ彼は大抵の場合において高圧的なのだが)こう言ったのだ。
「アイスアイスって連呼すりゃ空からアイスが降ってくるとでも思ってんのか?せめて補給部隊に言えよ。次は無理だろうがその次なら手配できるかもしれねえだろうが。そんなに待てない今すぐ食べたいってんなら帰れよ。逃げて帰ってアイスでもコークでもハンバーガーでも好きなだけ食らってろ」
 こんなことを言われれば、当然アルフレッドは「逃げたりなんかするもんか!」と声を荒げるわけだ。するとアーサーは少しも表情を動かさずに自分のペースで話を続ける。イニシアチブは完璧に彼のものだ。
「だったら諦めろ」
「やだ!」
「じゃあ手配はしてやるから、届くまで待ってろ」
「うーん……」
「選べる道は3つだ。逃げるか?諦めるか?待つか?」
「待つ!」
「よろしい」
 元気に宣言するアルフレッドに、ゆったりと微笑むアーサー。なんともまあ、あっさりと事態を収拾してくれたものだ。しかもアルフレッドは、自分がやりこめられてしまったという事実にも気付いていない。それどころか、鼻歌でも歌いだしそうな顔で「君ってたまーに、いいこと言うよね」などと言い、アーサーの後頭を指でつついていた。

 そして本日、あの男が公言したとおり、補給部隊は大量のアイスを持ってきた。忘れた頃にやってきたプレゼントに俺達は狂喜乱舞し、イギリス兵達はなぜかドン引きし、そしてアルフレッドは、はしゃぎすぎて転倒し、足を骨折した。ともすれば笑い話になりかねないが、本人はかなり痛がっていた。だが幸い、骨は綺麗に折れたそうなので、すぐ治るだろう。
 それにしても、ベッドの上で食べるアイスはどんな味だろうか。やはり怪我をしている時のアイスは、いつもより美味しく感じるのだろうか。彼の怪我が治ったら、聞いてみようかと思う。きっと面白い返事が聞けるはずだ。

二人の男/ある米兵から見た米と英/2007.05.12.
この手法は一部の大人にも通用します。
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