【橙色にとける】

 太陽が西に沈んでいく。彼は、なにもかもが橙色に染まる海にいた。とはいっても、そこはほとんど砂地とも呼べる浅瀬。彼は砂の上に腰を下ろして、太陽を見ていた。寄せては返す波が、彼の胸の下あたりをさらっている。
 「夜は冷えるってのに、いつまでそうしてるつもり?」と、私は波の届かない砂地から大声で言った。でも、彼は洗練された華麗なる無視を貫くのみ。わざと本名を大声で呼んでやっても無反応。まあ、このくらいは慣れましたけどね。ダテに長い付き合いしてるわけじゃないのよ。

 私はサンダルを脱いで長いスカートを膝上で結んで、ざぶざぶと海へ入っていく。彼の隣まで行くと、膝下で波が踊っていた。
 「もう戻りましょうよ」と敬語で言うと、彼は私を見上げた。その髪も白い肌も、橙色に染まっている。緑の目にも、橙色が映っている。
 彼は眩しそうに目を細めて「綺麗だな」と言った。私の進言は無視されたもよう。ちくしょうエセ紳士め。二度も無視されたとあっちゃあ、私だって腹立ちますよ?
「ええ、本当に、綺麗な夕日ですこと!」
「そうだな」
 同意したら即座に返事がきた。なんて自分勝手な男なのよ!
 私は口元を引きつらせながら「もう戻りましょうよ」と、もう一度言った。すると彼は、あっさりと立ち上がった。そして不満そうな目で私を見る。

 そのまま数秒間睨みあった後、彼は大仰なため息を吐いた。うわ、むかつく。私は、いっそ殴ってやろうかと思い、右手を握り締めた。
 ところが彼は、そんな私の手を掴んで歩き出す。あまりにも自然で、流れるような動き。前を行く彼は、ろくにこっちも見ないで「帰るぞ」と言う。もう、どれだけ偉そうにすれば気が済むのよ?(でも、海水に冷やされた彼の手は気持ちがいい)

橙色にとける/セーシェルと英(英セ)/2007.07.08.
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