境内に敷き詰められた白い石が真夏の強い日差しを反射して眩しい。それはかつてこの体を灼いた光とは違う、清らかで神々しくさえある眩しさだ。心臓が早鐘を打って耳を支配する。短い生を謳歌する蝉の声は遠い。
私は熱く気だるくむせ返るような空気を吸い込んで、拝殿の前に立った。そして二礼二拍、目を閉じて、死んでいった人達の顔を思い浮かべる。しかし思い出せる顔の数は去年よりも少ない。去年は一昨年より少なかった。一昨年は一昨々年より少なかった。年々思い出せなくなっていくのだ。
こうやって私は着実にあの日々を忘れていくのだろうか。世界を敵に回して戦っていた日々を、死んでいった人達を、彼達が懸けた命と守ろうとした命と未来を、この体を灼いた光を、忘れていくのだろうか。そして最後には全て忘れて、忘れたことすら忘れて、何も思い出せなくなるのだろうか。
いや、違う。忘れてはならない。私は頭を振って否定する。忘れてはならない。決して忘れてはならない忘れてなるものか!
前方に掲げられた菊の御紋を見上げる。白い布地に黒い曲線で描かれたその花は、ひたすらに眩しい。眩しい。眩しい。目が眩む。涙腺が引き付けを起こして涙を流す事を要求する。
もう一度礼をし目を閉じる。涙があとからあとから溢れてきたが構いはしない。崩れ落ちそうになる体だけはなんとか支え、私は口外する事の出来ない言葉を胸中で唱える。
ありがとう。貴方達のおかげで、私は今も生きています。
八月/日本/2007.08.15.
靖国。二礼二拍一礼。
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