【多言語コミュニケーションの悪例】

 最近のイギリスとロシアは、顔を合わせる度に冷ややかな口論を繰り広げている。会議開始まで一時間を切った今も例外ではない。今日も今日とて、二人は真正面から向き合って、毒の混じった会話を繰り広げている。双方共に口元はにこやかだが、目は一切笑っていない。あからさまに険悪なムードが、三人しかいない室内を支配している。わざとらしい笑い声すら上げないぶん、ロシアとアメリカのやりとりよりも性質が悪いかもしれない。

「何度も言うが、殺されたのは俺のとこの人間だ。だから俺は真相が知りたいし、知らなければならない」
「うん、そのとおりだね。でも君の言う容疑者は渡さない。何度も言うけど彼達は無罪だ」
「はーん。無罪か。無実じゃなく無罪か」
「……なにが言いたいの?」
「なにを言っても構わんが他所で言え!気が散る!」

 下がり続ける温度に耐えかねた俺がそう叫ぶと、静かな口論は一応止んだ。
 それにしてもこの二人はお互い頑なに自国語を使い合うから、そばで聞いている(聞かされている)こっちの頭がショートしそうになる。せめて言語くらい統一してほしい。というか何故そこまでスムーズに会話を進められるのだ。器用すぎやしないか。更に言えば、何故そこまで相手の言語を理解しているのに、自国語を貫き合うのだ。少しくらい譲歩したらどうなんだ。
 そのくせ、思わず叫んだ俺に邪気のない笑顔を向けて「あ、ごめんね」とドイツ語で謝るロシアはなんなんだ。自国語はどうした。加えてイギリスは、俺が最終確認していた資料を覗き込んで「熱心なのは結構だが、こういうのは昨日のうちに済ませておけよ」とロシア語で言う。なんだ。なんなんだこいつらは。わけがわからん。
 せめてこの場にあと一人、誰でも良いからもうあと一人いてくれたのならば、この混乱を共有できるのだが。
 時計の針は、会議開始56分前。そろそろ時間厳守を心がけるメンバーが集まってくるはずだ。少なくとも日本はもうすぐ来るはずだ。頼む、早く来てくれ。

「それにしてもこの件に関する君の対応って妙に単純だよね。ねえ、なにが狙いなの?」
「真相を解明すること、これ以上一般人に被害が及ばないようにすること。それだけだ」
「一般人?一般人ってどこからどこまでの人間のこと?」
「うちでは、どんな思想を持った人間でも、法に抵触しない限りは一般人なんだよ」

 今度はお互いに相手の言語で話し出した。イギリスがロシア語でロシアが英語で、何故か時折ドイツ語まで混じえて……ああ、駄目だ。聞いているだけで頭と胃が痛くなる。それならばいっそ、聞かないよう努めるべきか。
 俺は手元の資料と時計の針だけに集中して、ドアが開くのを待つことにした。

多言語コミュニケーションの悪例/独と英と露/2007.09.02.
ドイツは独語と英語と露語と仏語、あと伊語も話せそうな気がします。
ギリスとロシアは、マルチリンガルだと思います。
というかヘタリアキャラはみんな人間ではなく国なので、一般人よりはハイスペックかと。
ちなみに、二人が話しているのは例の毒殺事件です。

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