もういやだ!どうしてみんなわかってくれないんだ!という主旨の言葉を涙声で叫んで、アメリカは俺に抱きついてきた。昔は、その体をしっかりと抱きとめてやれたのだが、今はもう無理だ。手に負えない。こいつの体は大きくなりすぎた。しかも加減すら出来ずに全力で抱きついてくるのだから、これはもうハグではなくタックルだ。
不幸中の幸いは、ソファに着地できたことだろうか。背に当たる柔らかい感触に、俺は幾ばくかの安堵を得た。床やテーブルの上に押し倒されたとあっては身がもたない。
もっとも、息つく暇も無く、アメリカは本格的に泣き始めてしまったのだが。
「フランスとドイツはロシアまで誘って反対するし!日本はハッキリした返事もくれない!」
人の肩口にかじりついて、わあわあ泣き喚く。喚いている内容を聞き取れたのは、やはり付き合いの長さ故か(我ながら素晴らしい能力だと思う)。
あまり知られていないが、精神的に追い詰められたアメリカは、よく泣く。どう足掻いても自分の思い通りに事が進まないときや、自分が抱えている人間達の意見が割れに割れて身動きが取れなくなったときに、こいつは泣く。それ以外のストレス発散法を知らないのだ。気の済むまで泣いて、泣き止むまでは蹴っても殴っても離れやしない。
力一杯顔を押しやり眼鏡を取り上げると(フレームが当たって痛いんだよ)、遮る物の無くなった顔が肩に押し付けられた。目の周りの骨の硬い感触と、熱い涙が、シャツを通して地肌に伝わってくる。久々に新調したシャツに、じわじわと涙が染み込んで広がっていく。俺の肩口と、それから締め付けられている二の腕には、赤い跡が付いていることだろう。
まるで侵食されているような気分だ。だがそんな気分にも慣れてしまった。慣れてはいけないような気もするが、無理矢理引き剥がすことも出来ないのだから、慣れざるを得ないだろう。
泣き始めてから五分が経っても、アメリカは一向に泣き止まなかった。その声は掠れてしまい、ひどく聞き取りにくい。喉がやられてしまったらしく時折咳き込むのだが、それでもまだ泣き喚いている。
そろそろ相手をしてやらなければならない。放っておいたら、こいつはいつまで経っても泣き止まない。ため息は吐かないように気を付けながら、俺は大きな子供をあやすべく手を動かした。
まずは不自由な両手を大きな背中に回す。そして力を込めずに何度か叩くと、子供は徐々に大人しくなっていった。喚いていた声は勢いを失くし、訥々と俺の名を呼び始める。いぎりす、いぎりす。その声はひどく幼く聞こえて、二度と戻れないはずの昔を思い出させる。
だが、のしかかる体重は紛れもない大人のものだ。ちくしょうゴツくなりやがって昔はあんなに可愛かったのに。つらつらと考えながらも背中を撫ぜる。
いぎりす、と呼ばれても返事はしない。この状態では、まともな会話など出来ないだろう。ただ黙って背中を撫ぜ、強張った体を少しずつ解きほぐす。頃合を見計らい、はちみつ色の髪に指を差し込んで頭を撫ぜてやる。すると、大きな体から力が抜けた。
自身で支えることを放棄した体は、全ての重さを俺に預けてきた。はっきり言って重い。というか、ここまで効くとは思わなかった。しかし「重い」と言ってみてもアメリカは眠そうな声で、んん、と唸るのみ。「おい、起きろ」と言ってみても、返ってくるのは眠そうな唸り声のみだ。
だめだ、こいつは既に半分以上眠ってる。泣き疲れて眠るだなんて、正真正銘のガキじゃないか。ああ、我慢していたため息が一気に出る。
のしかかる体重に押し潰されそうだが、このままソファに沈んでばかりはいられない。体が動かない状況であっても、頭だけは働かせるべきだ。
ここはひとつ、頭の中に世界地図を広げて戦略を練るとしよう。こいつが抱えきれずに、しかし投げ出すこともできずに持て余している現状を打破する航路を探そう。それがどんなに細く長い獣道だったとしても、航路そのものは必ず存在するものだ。大丈夫、なんとかなる。いや、なんとかしてみせる。
すっかり静かになった子供の頭を撫ぜると、健やかな寝息が返ってきた。
泣く子供には敵わない/英と米/2007.11.03.
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