山のふもとにある巨大な一本桜は、自身の枝を全て覆い隠さんばかりに大量の花を咲かせていた。満開、という表現だけでは足りない。狂ったように花を咲かせている。咲かせるためだけに生きているかのように。
日本は「この桜は毎年こんな咲き方をするんです」とどこか誇らしげな声で言い、こちらへ視線を寄こした。木の幹よりも濃い茶色の目はいつになく自慢げだが、口元は微かな笑みを貼り付けたまま動かない。すごいでしょう、などという科白を口外しないのは、彼の自尊心の現れか。
俺も過剰な科白は口にせず「綺麗だな」とだけ返して、桜に目を戻した。暖かい春の風が桜を揺らし、大量の花びらが宙を舞っている。まるで、訪れた春を祝福する紙吹雪のようだ。
そのまましばらく眺めていたら、ふいに、日本は抑えた声でこう言った。
「ここだけの話なのですが、」
何事かと思い目を向ければ、その口元からは笑みが消えていた。真剣そのものといった表情で、彼は続ける。
「桜の木の下には、死体が埋まっているのです」
一瞬、言っている意味が判らなかった(きっと俺は間抜けな顔を晒しただろう)。だが、あまりにも真剣すぎる表情のせいで判った。これは日本流の冗談なのだ。
そうと判れば後は簡単だ。俺は大真面目な表情と声を作って「そりゃそうだ。人間も動植物も、死ねば、その肉体は土に還るのだから」と応える。すると彼は軽く目を見開いた。それと同時に、少しばかり強い風が吹く。花の吹雪は一層激しくなり、俺達に大量の花びらを浴びせる。
真っ黒い頭にも幾枚かの花びらが乗ったのだが、日本は払おうとしなかった。彼は「そんな切り返しをされるとは思いませんでした」と言って破顔した。そして珍しく、そう、彼にしては本当に珍しく、口元に手を当てることなく笑い出した。
笑ってくれるのは結構だが、これは笑いすぎだろう。もしかして俺は、東の文化にはそぐわない事を言ってしまったのだろうか。若干不安になって「そんなにおかしかったか?」と問いかけても、返ってきたのは「いえ、ちょっとツボにはまっただけですから」という答えになっていない応えのみ。まあ良い。後でもう一度聞こう。
再び目を戻して桜を見た。これだけ大量の花びらを落としているというのに、巨大な桜の木は未だに大量の花を咲かせている。春の訪れに狂喜する一本桜は、狂ったように咲き誇っている。
ようやく笑いが収まった日本は、「こんなに笑ったのは久しぶりです」と言った。その声は笑いすぎたために掠れていたが、実に楽しそうな声だった。
桜の木の下/英と日(たぶん同盟初期)/2008.04.06.
裏テーマ:同盟締結がめっちゃ嬉しくて箸が転がっても笑う日本。
※「桜の木の下には〜」の初出は昭和初期の小説家(梶井基次郎)の作品らしいです
(ネタ出した後に調べたら判明 orz)。
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