ふと漏れ聞いた「いいなあ君は、選挙なしでも上司を変えられて」という科白が嫌味ではなく嘆きに聞こえた。こいつ、そうとう疲れてるな。
入れたてのカモミールティをカップに注ぎ、角砂糖をふたつばかり落としてやると、待ってましたとばかりに手が伸びてきた。アメリカは取っ手ではなくカップを直接掴み、両手で包むようにして引き寄せる。気の抜けきった声で「あったかいなあ」と呟く。これはいよいよ重症だ。
俺はため息をつかないよう気をつけながらビスケットをかじり、しばらく沈黙を保つことにした。アメリカはハーブティをひとくちふたくち飲み、ソファーに凭れかかる。カップが傾いて中身が零れそうになる。抑えた声で「危ないぞ」と言ってみたが反応は無い。仕方ないのでカップに手をかけ取り上げようとすれば、アメリカはそれ以上の力でカップを口元に引き寄せる。
「だから、危ねえって」
再び言ってもやはり反応は無い。
二つの力が均衡してカップが震えている。どちらかがほんの僅かでも力を抜けば、まず間違いなくカップの中身は零れるだろう。だというのにアメリカは手の力を強め、カップに口をつけた。沸騰したての湯で入れたカモミールティが一気に零れそうになる。ああちくしょう危なっかしい。
慌ててこちらも力を強めてカップの傾斜を緩くする。そして向こうが更に力を強めるより早く、僅かに力を弱める。するとアメリカは緩くなった傾斜をほんの少しだけきつくして、カップの中身を飲み始めた。今度はひとくちふたくちでは終わらない。小刻みに何度も何度も溜飲する。傾斜は徐々にきつくなる。
やがてカップの半分を空にしたところで、アメリカは一気に力を抜いた。当然、液体は揺れる。だが量が減っているので(それから俺も余計な力を抜いたので)零れはしない。
俺は盛大にため息を吐いてから「茶くらいひとりで飲めよガキかてめえは」と言ってみた。しかしアメリカは、んー、という不明瞭な声を上げるのみ。なんだ、もしかして眠いのか。思いながら顔を覗きこめば「腹が減ったぞ」と言うので、ビスケットの入った皿を膝に乗せてやった(甘やかしすぎだろうか)。
それだというのにアメリカは動かない。動かず、黙って、不満そうにじっと俺を見上げている。なんだその目は。ビスケットじゃ足りないっていうのか。それともまさか、食わせろって言うのか?冗談じゃない。
腹立ち紛れにビスケットを三枚ばかり奪ってやると、「なにするんだよ!」という非難じみた声が上がった。それはいつもの元気な声だった。
あたたかい砂糖/英と米/2008.12.29.
突発的にめりかをどっろどろに甘やかしたくなって書いた。
ハーブティについては詳しく知りません。
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