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 屋上で柵にもたれながら、暗くなり始めた校庭を眺めていた。隅の一角で、栗田は今日もタックルマシンを壊している。
 間違った使い方をしている訳でもないのに、次々とマシンは壊れていく。今ので、本日のべ十二体目だ。いくらボロのマシンだとはいえ、これは明らかに壊しすぎだろう。あのデブの馬鹿力は、規格外もいいところだ。
 ところが栗田の傍にいる糞アル中親父は、文句のひとつも言わずに直し続けている。熱心なこった。

 ふと、糞ドレッドが指定してきた着メロが流れている事に気付いた。知らずに無視していたらしい。のろのろと鞄からケータイを取り出す間も、コール音は止まない。この分だと向こうは苛付いているだろうが、それはこちらも同じだ。
 第一、今朝神奈川へ帰ったばっかじゃねえか。まさかもう東京へ戻って来るつもりかあの糞ドレッド。

 開口一番に「取り込み中だ」と言ってみたが、「あ、そう」で流された。校庭の隅ではどぶろくが栗田へ片付けを促している。辺りを見渡す仕草からして「もう暗ぇから、今日は終いだ」とでも言っているのだろう。時計を見れば、もう二十時を過ぎている。
 どこにいるんだと電話越しに訊かれたので、学校だと素直に答えておく。ついでに、今日の昼過ぎに躾けておいた馬鹿の事も話しておく。しかし阿含は、興味の無さそうな生返事しかしやしない。そしてバックには電車内と思しき走行音。おまけに、東京方面行きなどというアナウンスまで流れている。どうやら、本当にこちらへ向かっているらしい。
 という事は、また何か面白い話は無いかと訊いてくるのだろう。俺はパソコンを開き、阿含に回しても平気な案件を選びながら、話を振る。

「で、何の用だ」
「ナンか面白い話、ねぇ?」

 予想通りの答えが返ってきた。しかし、それに被さる音が校庭から聞こえてきた。ボロいタックルマシンを台車に乗せて、ゴロゴロと転がしている音。そんなに大きな音ではないはずだが……それだけ、俺の意識が校庭へ向いているという事だ(認めたくないが、事実は事実だ)。その証拠に「ねえよ」という返事をするのが、一拍ほど遅れてしまった。目敏い阿含はさっそくそこを突いてきたが、俺は構わずに話を進める。

 滞りなく話は進み、すぐに落ち合う場所と時間が決まり、通話は終了。ふ、とひとつ息を吐き、ケータイをポケットにしまう。照明も消え、真っ暗になった校庭を見下ろせば、そこにはもう誰も居なくなっていた。

ヒル魔と阿含と/2006.10.01.
前に書いた無題話のヒル魔サイド。
こいつらはすれ違い&読み違いばかりを繰り返していれば良いと思う。
そしてヒル魔は、新聞を読みつつニュースを見つつご飯を食べられる人種だと思う。
BGM/TSUTCHIE「raw material」