なんだかんだで忙しいデュエルがクラブへ行くのは久々だ。彼は今日も今日とて、夜を徹して朝も昼も徹して仕事を片付けてしまったらしい。そして徹夜明け特有の、ナチュラルハイなテンションそのままで「仕事片付いたから、いつものクラブへ行く」と友人へメールを打ったのが15:00。紅茶を飲んでから、シャワーを浴びて仮眠に入ったのが15:30。「今日はニクスもエリカもエレキも来る予定ですよ。賑やかになりそうですね」という返信があったのは17:10。その三十分後に故郷の古い友人からメールが届き、パソコンを立ち上げチャットをすること数時間。気付けば窓の外はすっかり深夜だった。
時計をちらりと見て、日付が変わる頃には向こうに着けるな、と彼はひとりごちた。
結局、デュエルがクラブのエントランスにたどり着いたのは24:05だった。人も入りフロアも暖まって、丁度良い時間だ。彼はドリンクチケットを何枚か買ってから、奥へと歩を進める。
エントランスを抜けてすぐのラウンジには、スロウテンポなレゲェがかかっていた。赤道直下のリゾート地をそのまま音にしたような曲に少し浸っていたら、なんと、横から不意打ちのタックルがきた。危うく壁と激突しそうになった体を支え、腰をガッチリ掴んでいる犯人を睨む。細い腕に、蛍光色のサイドポニー。考えるまでも無く、犯人はエリカだ。
相変わらずだなというかこのタックルは攻撃か?セクハラか?などという疑問を口にするより早く、エリカが笑顔でまくしたてた。
「ひっさしぶりー!っていうか待ってたわよ!さあ早く!急いだ急いだー!!」
背中をぐいぐいと押され階段を下って地下に行けば、あっという間にメインフロアだ。だだっ広いこのフロアで流れているのは70年代のディスコナンバー。フロア中にひしめく人々の年齢層は高めだ。ざあっと見渡すだけで、30代のみならず40代と思しきグループがいくつもみつかる。
その人混みを、エリカはするすると器用にくぐりぬけていく。彼女の両手に左腕を掴まれたまま、デュエルもフロアの奥へと向かった。
入り口から見て最奥のスピーカー前。そこではエレキの「ムーンウォークってどーやるんだ?」という質問に、サイレンが実演つきで答えている最中だった。かれこれ三十分近くムーンウォーク講座を開いているサイレンは、身も心も疲れきっていた。際限なく続くエレキの「もう一回!」「今度はサイドウォーク!」などというリクエストにずっと付き合っているのだから、当然かもしれない。
エレキは最近になって、ダンスに興味を示し始めた。駆け出しの彼は、ダンスの上手い人の動きをとにかく見たがる。ジャンルを問わずに教わりたがる。しかし、そんなエレキが踊れるようになりたいと強く思うのはブレイクダンスだ。そして、彼の知る限りで一番ブレイクダンスがうまいのはデュエルだ。つまり、エレキの中で「教えて欲しい人物ランキング(ダンス部門)」のブッちぎり1位はデュエルなのだ。
エリカがニコニコ顔で「先生来たよー」と現れた時。彼女に腕を引かれているデュエルを見たとき。サイレンは不謹慎ながらも「ああ助かった」と思った。これでやっと閉講できる。
「ウインドミル!ウインドミル!」とデュエルを急かすエレキを見て、サイレンは長いため息を吐いた。
「よかったな。解放されて」
スピーカーに背を預け傍観を決め込んでいたニクスが、喉で笑いながら言ってよこす。揶揄するような口調に、サイレンは力無く笑った。
ニクスは視線をエレキたちへと戻す。ちょうど、デュエルが床に両手をついて、回転を始めるところだ。足を大きく広げ、肩から地面に入り体を仰向けに返し、また手をつき肩から地面に入る。足はずっと開いたままでくるくる回る姿は、まあ風車に見えないことも無いなとニクスは思った。
四回転目に入ったところでエレキが「もっかい最初っから!」と言うと同時に、サイレンはフロアを後にした。同じ階にあるバーカウンターへ向かい、ウイスキーを頼む。そしてフロアを横目に歩き、壁際の椅子に座った。フロアより少し高い位置にあるそこからは、彼達の様子がよく見える。
エレキにせがまれたデュエルは、なんだかんだ言いながら何度も回ってみせている。徹夜明けとは思えない動きだ。その光景を見ながら、エリカとニクスはスピーカーを背に話し込んでいる。
そんな彼達の姿と、フロアに流れる70年代のディスコナンバーは、どうにもこうにもミスマッチだ。けれど彼達は少しも気にしていないのだろう。ロックのウイスキーをひとくち飲んで、サイレンは思う。若いとは良いことだ、と。
「あいつの体力、マジついてけねえ」
ミネラルウォーター片手に、どっかりと隣の椅子へ腰を下ろしたデュエルに、サイレンは苦笑した。エレキの体力はもちろん凄い。だが、そのエレキ相手にかれこれ一時間ノンストップで付き合うデュエルの体力も、たいしたものである。体力だけではなく、精神力もだが。
「本当に元気だよな、あいつ」
330mlのペットボトルを一気に飲み干して、バンダナを結び直しながら、デュエルがぼやいた。「本当ですね」と相槌を打って、サイレンはフロアへ目を向ける。
エレキは飽きもせず、スピーカー前の床で練習中だ。まず大股でステップを踏み、勢いよく床に手をつく。曲げた左腕を軸に、体を返して回ろうとするが上手くいかない。そのままバランスを崩して、背中を強く打ってしまった。痛かったのだろうか、彼は仰向けに倒れたまま動かない。心配になったサイレンが腰を浮かしかけたと同時に、エリカが彼の傍へ駆け寄った。
右手を引っ張られて上半身を起こすと、エレキは両手で頭をかきむしった。イライラしているようだ。険しい表情で、エリカに何か言っている。
しかしエリカは別段気にした様子も無く、エレキの両腕を引っ張り上げる。そして立ち上がった彼をバーカウンターへと連れて行く。どうやら一息入れるらしい。スピーカーに背を預けていたニクスも、二人に倣ってカウンターへと向かった。あっという間に追いついた彼は、メニュー表を眺めているエレキの頭を軽く小突く。すると、エレキがふくれっ面で何か言い返した。ヘタクソ、とでも言われたのだろうか。
「若いって、いいですね」
隣にも聞こえるくらいの声で言って、サイレンは隣人へ視線を移す。だがデュエルは寝ていた。椅子の背にもたれ、頭を俯かせ、ぐっすりと眠っていた。徹夜明けで、丸々一時間踊り通しというのは、流石に堪えたらしい。彼の足元には、空のペットボトルが転がっている。いつのまにか取り落としてしまったようだ。サイレンはそれを拾い上げて、目の前にある小さなテーブルへ置く。
目線を上げてカウンターを見やると、エレキがカクテルを片手に猛ダッシュで駆け寄ってきた。
「え!ちょっと待て!寝てんのかよ!?」
心底残念そうに叫び、エレキは屈んで講師の顔を覗きこむ。後から追いついたエリカは「あらら、ざーんねん」とたいして残念そうではなく、むしろ笑って言った。そしてデュエルの前にしゃがみこんで、エレキと同じく寝顔を覗きこむ。最後にゆっくりと歩いてきたニクスは、ZIMAを二本持ってきた。片方をエリカに渡すと、彼もまたデュエルの顔を覗きこむ。起きる気配は全く無い。
「意外と体力無いのか、こいつ」
「これだから若年寄りはよー!」
言い捨てるニクスに、喚くエレキ。本当に彼達は元気だ。サイレンは苦笑する。日頃から疲れている自分とは全く違う。若いとはいいことだ、と心の中でもう一度呟く。
「でもいつもは、こんな早くダウンしないよね。もしかして疲れてんのかな?」
しゃがんだエリカがサイレンを見上げて言う。そう、まさにその通りですよ。首を縦に振ってから、答える。
「テツヤアケ、だそうですよ」
だからそっとしておいてあげましょう、と言外に含める。それは三人にも通じたらしく、彼達は屈めていた体を元に正した。
しばしの沈黙の後、エレキが「よし!休憩終了!」と大きく叫んだ。若干不満そうながらもカルアミルクを飲み干して、彼はフロアへと向かう。右手でエリカの左手を掴んで、彼女を引き連れていく。「えーちょっとあたしまだ飲んでない!」と叫ぶエリカの右手にはZIMAが一本。まだ半分以上は残っているそれを、ニクスが左手で受け取る。「Good luck」と呟いて、彼は右手に持っている空のボトルを小さなテーブルへ置いた。そして自身はサイレンの隣に腰を下ろす。
エリカから受け取ったZIMAをひとくち飲んで、ニクスは言う。
「若いって、いいな」
フロアの真ん中で、なぜかワルツを踊り始めた二人を眺めてぼやく。その姿が先程の自分と重なり、サイレンは噴き出しそうになった。ニクスは目敏くそれに気付いたが、言及はしなかった。
「ニクスも若い、ですよ」
「あいつらと、そいつには負ける」
フロア中の注目を集めて踊るあいつら。思い切り働いて遊んで、疲れてぐっすり眠るそいつ。遠くを見る目でため息を吐く彼。比べてみてから、サイレンは「そうですね」と相槌を打つ。そして彼もまた、ため息を吐いた。
YOUNGSTERS/2005.12.4.
BGMはDisっ娘。