「吾代さんって律儀だよね。なんだかんだで協力してくれるし」
面と向かってそう言われ、吾代はくすぐったいような煩わしいような腹立たしいような気分になった。そんな笑顔でそんなことを言われるだなんて、まるで自分がいいひとみたいじゃないか。冗談じゃない。反吐が出る。
吾代があの奇妙な男とこの少女に協力しているのは、良心からではない。恩を感じているのは確かだが、それだけではない。もちろん、決して認めたくない恐怖心もあるが、それだけではないのだ。
まっすぐな視線から逃げるように彼は宙を仰ぐ。そうして精一杯の抵抗を口にする。
「好きで協力してるわけじゃねえよ」
「そうかな。吾代さんって、本当に嫌なら死んでも断りそうなのに……」
微かに笑って言い返す少女が憎らしい。なにもわかっていないくせに、見透かしたような顔をして。気味が悪い。あの化け物のような男とは程度の差こそあれ、この少女も得体が知れない。なんてこった、こいつらは同類だったのか!吾代は今になってやっと気付いた。
どこか似ている少女と化け物は、アメとムチをもって吾代を捕らえる。ムチはどこまでも傍若無人で、彼の都合などお構いなしに無茶な命令を下す。容赦なく彼を引っ張っていく。着いて来いとすら言わず向けられた背に、吾代はなぜだか着いていってしまう。時折ちらつくあの人の影を振り払えずに。
そしてアメは甘く優しく柔らかい。まっすぐにこちらを見る目は真摯で、決して吾代を裏切らない。社会の底辺で力任せに暴れながら生きている自分を少しも恐れず、信頼を寄せてくる。
それら全てが自分にとって心地の良い事なのだ。ということに気付きそうになって吾代はいらつく。冗談じゃねえ、こんなのは俺じゃねえ。胸中で何度も繰り返す。
考えれば考えるほど険しくなっていく吾代の表情を見ても、少女はまだ笑っている。小さくため息を吐いて「素直じゃないんだ」と言う。吾代は大きく息を吸い込んだ。
てめえが、てめえらがそんなんだから離れらんねえんだよ!と叫びたい衝動に駆られたが、彼は堪えた。息を止めて言葉を呑みこんだ。敗北宣言などしてなるものか。
甘苦/吾代と弥子と/2005.12.17.
BGM/Nujabes「Feather」