日常

「ね、ヤコ。あんたの助手ってどんな人?」

 ランチはイマイチだけれどケーキやマフィンが美味しい喫茶店の窓際の席。ちょっとクセのあるアールグレイをポットから注ぎながら、叶絵は訊いてきた。
 それにしても唐突な質問だ。さっきまではこのブルーベリーマフィンおいしーとかラズベリーのほうがイケるってとか、話していたのに。なんでイキナリ、そんな答えにくい質問をしてくるのだろう。
 何とも答えられずに、むーと唸りながらクラシックショコラを口に運ぶ私へ、叶絵はたたみかける。

「ほらあんたって最近ちょっと色気づいてきたっていうか、化粧とか始めたじゃない。前はカンペキに色気より食い気だったのに。彼氏でもできたのかなって思ったんだけど、でもあんたがすっ飛んでくのって、助手からのお呼びだけじゃん?だからもしかして彼氏イコール助手なのかなあって」
「ちがうから」

 いやもう本当に呆れた。あいつが彼氏だなんてありえないっての。叶絵もあいつに会えば判るはず……いや、あいつが猫被ってる状態じゃ判らないか。
 まあとにかく、あんな化け物を彼氏にするつもりなんて、さらさらない。

 それに化粧をするようになったのは、不本意ながらも私が有名人になってしまったからだ。全国ネットで顔を公表されてからは、近所を歩いているだけでも人に注目されるようになってしまった。すると当然、身だしなみにも気を使わなければいけなくなる。これでも年頃の女の子なのだ。たとえ他人相手でも、だらしない格好は見られたくない。更に言えば、雑誌等に載せられる写真も、もう少し綺麗に写った物の方が良い。そんな思いから化粧も始めてみたし、服にも凝るようになったというわけだ。
 現に今だって注目されている。叶絵の背後のショーウィンドウに映る、広い店内でお茶を楽しんでいる人達は、ちらちらとこちらを窺っている。そりゃあ全員が、という程ではないけれど。

 ウェイトレスさんにダブルベリーマフィン三個とガトークラシックとバニラアイスを追加注文してから、私は弁明を口にした。

「色気づいたんじゃなくて、人の目を意識するようになったの」
「ふーん。で、助手ってどんな人?」
「だから別に彼氏とかじゃないってば」
「違うなら違うで気になるの。ね、どんな人?いい男?」

 叶絵の目がギラリと光った。ほんと、このこは男に目が無い。まあ別に、その事について文句を言う気は無いけれど……けれど、間違ってもネウロなんかに会わせたくないし、興味を持ってもらっても困る。
 しかし叶絵はもう興味津々だ。ニヤニヤ笑いながら「ねーねー教えなさいよー」とか言ってくる。

「ねーってば、いいじゃん。別にあわよくばお近付きになろうとかおいしく頂いちゃおうとか思ってるわけじゃないからさー」
「おおおおいしくって!?あのね叶絵!!」

 ばんっと大きな音を立てて、私は両手でテーブルを叩いた。ガシャガシャと空になった皿とフォークが揺れる。ショーウィンドウに映った人達が一斉にこちらを見たが、気にしている余裕は無い。ここはキッパリと言ってやらなきゃ!

「やめときなさいあんな化け物!」
「バケモノ?」
「そうよ。ルックスはちょっとばかし良いけど、でもとんでもない化け物なんだから!!」

 ずずいっと身を乗り出して言ったら、叶絵はちょっと驚いて後ずさった。よしよしあと一息!
 と、思ったら、

「……あの、ヤコ」
「ん?」
「ケータイ、鳴ってるけど……?」

 恐る恐るといった感じで、叶絵はオレンジ色の爪でテーブル上のケータイを指した。ヴヴヴヴと震える私のケータイには……ネウロからの電話!?どんなタイミングだっ!
 気は進まないけれど、出ないわけにもいかない。私は観念して通話ボタンを押した。

「……はいもしもし」
「化け物だなんて酷いじゃありませんか、先生」

 ……え!ええええええ!?聞かれてた?というかいつもなら化け物扱いしても気にしないくせに!なんでこんな時に限って猫被りモードなの!?
 私は大慌てで辺りを見回す。どこ?どこにいるのあの化け物は!

「店中に響く大声で、化け物、だなんて。いくら先生でもあんまりです」
「ヤコ……」

 口をあんぐりと開けた叶絵が私の名を呼んだ。なにごとかと思い彼女の方を見ると……その背後のショーウィンドウには、小さくではあるがネウロの姿が映っていた!つい先程店に入ってきたらしく、彼はケータイを片手にカウンター前で佇んでいる。
 彼はショーウィンドウを介して私と目を合わせると、こちらへ向かって歩き出す。……って、ちょっと待て!

「スト――ップ!!すぐ行くから、そこで待ってて!」

 ケータイ越しでなくとも聞こえるボリュームでそう言うと、ネウロはぴたりと足を止めた。戸惑っているかのような表情がわざとらしいが、言う事は聞いてくれるようだ。
 今度は、イスから立ち上がりかけている叶絵へ言う。

「ごめん叶絵。私、急用が、」
「どーいうことよ」
「あのね、」
「めちゃくちゃいい男じゃない!!」

 うわああ!叶絵の目がギラギラ光ってる!そりゃあ確かに、ネウロってルックスは物凄く良いもんな。正体は化け物だけれど。でもそんな事を説明するわけにもいかないし……ここは、ごまかすしかないか。
 私は出来るだけ真剣な表情を作って、叶絵の両肩をがしりと掴んで言った。

「あのね叶絵。仕事の話だから。今日はごめん」

 すると叶絵は渋々ながらも腰を下ろしてくれた。不満そうに「後で紹介してよ」と言う彼女に「いつかねー」と私は返す。本当は紹介なんて絶対したくないけれど、ダメだなんて言ったら解放してくれないだろう。
 私はカバンを肩にかけ伝票を手に取って「じゃ、また明日ね」と手を振り、席を立った。

 

 駆け足でカウンターへ向かうと、既にネウロが会計を済ませていた。彼はいつの間にか買ったらしいブランド物の財布を懐にしまうと、背筋も凍る程の完璧な作り笑いを私へ向けた。

「あ、すいません。先生のご友人に飲食代をお支払いいただくわけには……と思いまして」
「いや、別に、ここは私が払うつもりだったし」
「それは失礼いたしました。差し出がましいまねを」
「いやいいから!ほら早く行こう!」

 周りの視線が痛い!
 もうとにかくこの場所から離れたくて、私は彼の背中をぐいぐい押して外へ出る。ネウロは子供っぽい顔で笑っている。「どうしたんですか先生、今日はずいぶんとお急ぎですね」なんて、白々しい。

「急いでるのはそっちじゃない。わざわざ私のトコに来るなんて」
「ああ。この近くに、微弱ではあるが謎の気配を感じたのだ」

 あっさりと作り笑いをやめたネウロが、私を見下ろす。その目は爛々と輝き、すうっと上がった口の端からはギザギザの歯が覗いている。本性丸出しな気もするけれど、さっきまでの猫被りよりはずっと良い。

 そして「行くぞ」と言い歩いて行くネウロに小走りで付いて行く私は……きっと今日も、ただ働きだ。



日常/ヤコと叶絵とネウロ/2006.02.23.
二次創作ならこれ位のニアミスはアリなんじゃないかと。