木漏れ日の中で刹那が笑っている。木に凭れて眠っていた私の顔を覗きこみ、笑っている。教授、起きて、こんなところで寝ちゃだめですよ。うるさいアブラゼミの鳴き声に、刹那の声が掻き消されそうになる。私は聞こえないふりをして再び眠ろうとしたのだが、刹那の細い指に鼻を摘まれ、目が開いてしまった。至近距離にある刹那の目が悪戯っぽく細められ、指には一層の力が込められる。僅かに爪が食い込む。少しばかり痛い。こら、と窘めるように言ってみたが、間抜けな声しか出なかった。刹那は声を立てて笑い出す。ほらほら早く起きて、教授、早くしないと私はまた遠くに行っちゃいますよ。
仮眠中に彼女の夢を見たのだと春川が言う。まだ覚醒しきっていないらしく、ぼんやりとした焦点の合わない目で春川は夢の中の彼女を訥々と語る。何をしているのだこの男は。早く起きろ目を覚ませ。私達には眠っている暇など無いはずだ。ああそれでも春川には眠りが必要なのだった。睡眠不足による疲労は、作業効率を極端に下げる。そうなる前に、春川は短い仮眠を摂る。摂らなければならない。
だが私には睡眠など必要ない。私は疲れを知らない。眠ることなく演算を組み立てては壊し組み立てては壊し、永遠に続ける事ができる。私は眠らない。したがって、私は夢を見ない。入眠期特有の鮮やかな夢に現を抜かす事など、無い。
君にあって私に無いもの/春川とHALと刹那/2006.12.29.
BGM:INO HIDEFUMI「Love theme from spartacus #piano」