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0%になる直前、ほんの一瞬だけ表示されたその数字を見て、私の涙腺はついに壊れてしまった。泣きたくなんかないのに、涙がボロボロと零れ落ちていく。こんな臨終の間際にきてもまだ彼の中は彼女でいっぱいなんだ。こんなところにまで彼女の名前を記しておくほどに。刹那刹那刹那きみにあいたい。それだけを願っていた彼は、彼女に会えたのだろうか。今になってやっと。ゼロになる直前のほんの一瞬の刹那に。ああなんて救いようがなくて残酷で、そのくせ優しくて甘やかな幻みたいな最期なのだろう。
涙が止まらない。キーボードに水滴がいくつも落ちていく。滲んでぼやけた画面には「消去しました。」という簡素な文字。彼はもういない。どこにもいない。私の指先一つで彼は死んでしまった。いや違う。彼は彼女と共に、ゼロになったのだ。そう思わなければやりきれない。
彼は間違いなく犯罪者だ。彼がしたことは決して許されることではない。けれど、私は彼を否定できなかった。それどころか、一途で羨ましいとすら思ってしまった。こんなにも深く真っ直ぐな愛情なんて、私は持ち合わせていないから。それでも、そんな歪んだ私にも、助けておいてやりたい奴がいる。私が死んだって、この国が、いや、世界が滅んだって助かっていて欲しい奴が。
ネウロ。
私はあんたなんか好きじゃないけど(好きになんかなりたくないけど)、でも私にはあんたがいなくちゃだめなんだ。だから倒れちゃだめ。血を流しちゃだめ。死ぬなんて絶対だめ。あんたはいつまでも絶対者の目で私たちを見下して、好き勝手に食事をしていればいいんだ。
あんたがいなくなったら私はまた食欲がなくなって、美和子さんの料理の味もわからなくなって、大好きなフルーツケーキも横に放って、ひとりでぐずぐず泣くはめになる。あんなのはもういやだ。あんなのは私じゃない。お父さんが可愛がってくれた食いしんぼうの弥子、それが私だ。友達が呆れようが男の人が驚こうが、それだけは譲れない。私は食べる事が大好きだ。美味しいものを食べれば、いつだって幸せになれるから。反面、お腹が空くと私は淋しいような心許ないような気持ちになってしまう。
そう、食いしんぼうな私はすぐにお腹が空く。でも好き嫌いの無い私は何でも食べられるから、簡単に幸せを補給できる。対して、いつもお腹を空かせているネウロは、とてつもない偏食家だ。ネウロの食べ物は、なかなか無い。ネウロはいつもいつもお腹を空かせている。それは凄く辛いことだろう。放っておいたら本当に死んでしまうかもしれない。そんなのは絶対にだめ。私が私でいられなくなる。つまり私は結局、私自身のためにネウロを助けたんだ。私というたったひとりの自我を保つために、あんな化物を!
ぼんやりとした膜の向こうで画面の電源が落ちて、真っ暗になった。私の涙はまだ止まらない。なんでこんなことになったんだろう他に道は無かったのかな彼は彼女に会えたのかなこれで良かったのかな私は、私は……だめだ、涙が止まらない。頭が感情に追いつかない。
いつの間にか戻ってきたネウロが、何か言っている。「泣いているのか」と低くて心地良いいつものネウロの声が聞こえる。泣いているこっちが惨めに思えるほど凪いだ声。私は慌てて涙を拭った。こいつの前では、泣きたくない。ネウロは平静な声で(私が泣いてるってのに平静な声で!)「貴様は泣くのではなく、笑うべきだ」と続ける。ああ、この言葉は良く覚えている。初めて会った時にもネウロは同じことを言っていた。あの時は頭が混乱する一方だったけれど、今ならわかる。
ようするに、こいつは何ひとつわかっていないんだ。私が泣く理由も彼が彼女を愛する気持ちも、何ひとつとして!この人でなし!あんたなんかにわかってたまるもんか!
そこに救いはあるか/ヤコ→ネウとHAL/2007.01.03.
理不尽な父の死をも越えるネウロの不条理さはヤコちゃんの自我を支えていると思う。
BGM/INO HIDEFUMI「Love Theme from Sparcutas #piano」
Nujabes「how you feel」