吾代が持ち込んだ酒を呑んだヤコが、歌うように我が輩の名を呼んだ。ねえねえネウロ、ねぇうぅろぉってばあ。間抜けな声だ。なにより五月蝿い。不愉快だ。愛すべき静かな夜が台無しではないか。更に、奴隷の分際で我が腕に絡み付こうとしてきたので、横っ面に掌底をくれてやった。しかし床に落ちたヤコは尚も我が輩の名を呼び、しかも可笑しそうに笑っている。気でも振れたのか。これだから人間というものは脆くて困る。
ソファに座って酒を呑んでいた吾代が、あーあー呑みすぎじゃねえのお前、と言った。ヤコはまだ笑っている。そして上半身を中途半端に起こした状態で、我が足に抱きつこうとした。酒のせいだか何だか知らんが、少しは身の程を弁えろ。
軽く蹴ってやると、奴隷は壁まで吹っ飛んだ。その音と衝撃で、眠っていたあかねが起きてしまった。迷惑な奴だ。あかねは驚いた様子で、我が輩達を交互に見ている。だが、どうしたんですか、などという愚問は口にしない。賢明な判断だ。少しばかり感心していると、今度は吾代がげらげらと笑い出した。それも酒のせいなのか、このニワトリめ。
五秒ほど気絶していたヤコは起きるなりか細い声で、ネウロ、と言った。またか。馬鹿の一つ覚えが。もう一度しっかりと教育するべきだろうか。考えながら歩み寄り、力の入っていない体を蹴り転がして仰向けにする。そして薄い胸を靴の底で圧迫してから、とうとう言語まで失ったのかゾウリムシ、と声をかけてやった。すると足下の奴隷は苦しそうに呻きながらも、押し付けられた靴を両手で抱き、胸に引き寄せた。どうやらこの人間は、我が輩が思った以上にマゾヒスティックな性癖を持っているらしい。
ヤコは潰れた声でまたしても我が輩の名を呼ぶ。ねうろ。目尻に溜まった涙が一筋二筋、顔の側面を伝って耳に落ちていく。ねえネウロあんたはずっとここにいて、だって私達は一緒にいなきゃ死んじゃうじゃない、死んじゃやだよ、私が死ぬまでここにいてどこにも行かないで、ねえネウロ、ネウロってば。ようやく喋ったは良いが、意味が判らん。何が言いたいのだ、と問うても答えは返ってこない。足下の奴隷は、もうやだ、と言い手の甲で涙を拭い始めた。拭っても拭っても涙は止まらない。興醒めだ。これ以上足蹴にしても、面白い反応は期待できない。我が輩は足を降ろした。
代わりに吾代をいたぶってやろう。奴は常に無駄な抵抗をするから、なかなかに面白い。足音も消さずに近寄り、手始めに後頭部を叩いてやると、吾代は口に含んでいた酒を勢い良く噴いた。大きく三回咳き込んでから、テメーなんでこっち来んだよ、と叫んで我が輩を睨む。だが我が輩が微笑みと共に、うるさいぞ、と言ってやると、吾代は顔を引き攣らせて黙った。うむ、やはり面白い。興が乗ってきたので酒に火を点けてやると、今度は悲鳴が上がった。テメーなにしやがんだ酒がもったいねえっつうかなんでビールが燃えんだよっつうかあっちいけ!吾代はヤコを指差して怒鳴った。
ヤコは年端も行かない子供のように大声で泣いていた。それでも執拗にネウロネウロと繰り返す。ああ全く以ってやかましい。
囁かれる愛(でも私は応えられない)/ネウロとヤコ/2007.04.06
お題配布元/crybaby Alice (http://dahlia.moo.jp/alice/)
BGM/Nujabes「The Final View」
初書きなネウロ視点。恐ろしくムズイ。