【あいつらの夢を見た】

 あいつらの夢を見た。
 あたしはあの時と同じように、でもあの時とは違う茶屋でバイトしてる。いつものように仕事をして、親子連れのテーブルにあんみつを置く。すると入口から、少し高い下駄の音が聞こえた。「いらっしゃいませ」と言って振り返ると、ボサボサ頭のあいつが入ってくる。
 ムゲンは両目と口を大きく開けて、絶句する。もちろん、あたしもびっくりしたけど、でもムゲンほどじゃない。
「いらっしゃいませ。また、お水だけ?」
 しれっと言ってやると、ムゲンは神妙な顔で「まさかタイムスリップしたんじゃねえよな」と呟く。そしてあの時と同じように、入口から一番近い席に着く。じろっとあたしを見上げて「久しぶりじゃねえか」と言う。あたしは少し泣きそうになる。
「うん、久しぶり」
 なんとかして、それだけは言い返した。するとムゲンは、あたしの左頬をつねった。「なに泣いてんだよ」と言う顔は、笑っている。はたから見たら、脅しているようにしか見えない、いつもの笑い方。ムゲンだ。いつものムゲンだ。視界が滲む。あたしは今度こそ泣きそうになる(でも、まだ泣かない)。

 「泣いてない」だの「うそつけ」だの、意味の無い言い合いをしていると、もう一人がのれんをくぐってきた。彼は店の敷居を跨いだ所で足を止め、「取り込み中か」と聞く。これも、あの時と似たような科白だ。
 でも、あの時のジンと今のジンは少し違う。まず、もう彼は眼鏡をしていない。そして、なんというか、表情が柔らかくなった。元々が仏頂面だから、変化が目立つのかな。控えめに笑うその顔は、そこら辺の女の子が見惚れちゃうくらいかっこいい(あんたはそうやって女を口説くのか、と言ってやりたいくらいだ)。
 あたしの左頬をつねっていたムゲンの手が、するりと離れた。ジンは「行くぞ」と、たった一言だけ告げて、踵を返す。呆気にとられるあたしを置いて、ムゲンは席を立つ。それに釣られて、あたしはふらふらと歩き出す。あいつらと同じようにのれんをくぐって、外に出る。

 外の景色は、もうすっかり秋になっている。田んぼには、刈り入れを今か今かと待っている稲。赤や黄色に染まる木の葉。トンボも、あちこちに飛んでいる。ジンはゆっくり歩きながら「今夜は冷えるかもな」と言う。するとムゲンが「今夜っつーか今もじゅーぶん寒いじゃねえか」と文句を言う。あたしは、さっきつねられた左頬を押さえながら歩く。
 頬の痛みは、だんだんと引いていく。その痛みが消えると、ふ、と目が覚める。後に残るのは、懐かしさと頬を伝う温かさ。そんな夢を見た。

あいつらの夢を見た/本編終了後/2009.09.13.
センチメートルなフウちゃん
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