【夜はとっくに明けている】 1/2

 誰がなんと言おうとも、朝一番にすべき事は、紅茶を入れるための湯を沸かす事だ。電気ポット?あんなものは邪道だ。紅茶には必ず沸騰したての湯を使わなければならない。だいたい、あんな風情の無い電化製品で朝一番の紅茶を入れたとしたら、あまりの空しさにポンドも大幅下落すること請け合いだ。

 朝の薄暗く冷たい空気が漂う廊下を歩き、キッチンへ行き、ケトルに冷たい水をたっぷりと入れて火にかける。棚から大きめのポットとミルクジャーひとつずつに、カップをふたつ取り出す。ふと、無意識のうちに二人分の用意をしている自分に気付き、本日ひとつめのため息を吐く。慣れすぎだろう、俺。
 ちなみに昨夜、いつもの如くアポ無しで押しかけてきたアメリカは、未だ二階の客室で眠っている。

 ティセットを乗せたトレイを片手で持ち、もう片方の手で客室のドアをノックする。もちろん、返事は無い。物音すらしない。今日は大陸で会議があるってのに、まだ熟睡してやがるなこの野郎。
 鍵のかかっていないドアを開け中に入る。ここ最近で殆どこいつの専用部屋と化してしまった室内には、ごみなのかおもちゃなのか判別不可能な物体と食い散らかしたスナック類がテーブルの上に置かれ、眼鏡や上着や書類はカーペットの上に放置されていた(せめて眼鏡と書類はテーブルの上に置けよ)。何度も注意をしているのだが、一向に片付かない。
 足下に気を付けベッドへ近寄り、毛布を蹴飛ばして眠っている子供の(子供だ。結局のところこいつは子供のままだ)額を、ばちりと叩く。「おら起きろ、朝だぞ」と言いながらベッドわきのサイドテーブルにトレイを置いて、窓際へ向かう。カーテンを開け放つと、室内が僅かに明るくなった。小鳥の群が空を泳いでいる。その爽やかなさえずりを耳にして、ようやくアメリカは起きだした。んーだのあーだのと不明瞭な声を出し、半身を起こし、眼鏡を探すよりも先に枕の下に手を入れて銃を探る。

 枕元に銃を置かなければ眠れないというのも、難儀なものだ。そんなに警戒心を剥き出しにしていては、誰にも信頼されないだろうに。下手をすれば、なにをそんなに怯えているのか、と見下されかねない(という捻くれた懸念を抱くのは俺だけではない筈だ)。だが、まだ体も小さかった頃のこいつに銃を教えたのは俺だし、ひとりでいる時は銃を手放すな、自分の身は自分で守れ、と言い聞かせたのも俺だ。もっとも、こいつは覚えちゃいないだろうが。