【夜はとっくに明けている】 2/2

 朝っぱらから郷愁に浸りそうな心は、ため息と共に吐き出し、思考を切り替える。本日の会議の事、ポットに入った茶葉はもう少しだけ蒸らせば良い具合になるであろう事、つらつらと考えていたらアメリカが眠そうな声でこう言った。
「あれ?イギリス、俺の銃はどこだい?」
「そこにあるんだろ?」
「……ない!」
 叫ぶや否や、アメリカは慌ただしく布団をひっくり返し枕カバーを外しベッドの下を覗きだした。忙しなく動いてはいるが、覚醒したわけではない。それどころか、軽いパニック状態に陥っている。
「落ち着け。朝っぱらから見苦しい」
「そんなこと言ったって!」
 いちおう会話は成立したが、パニックは一向に治まらない。仕方が無いので俺も捜してやろうかと思ったが、銃よりも眼鏡が先だろう。踏んでしまったら洒落にならない。考えながら、カーペットの上に置かれた眼鏡を拾い、ついでに書類も拾い、テーブルの上に避難させておく。それから上着も拾ってやると、内ポケットから、ずるり、と銃が滑り落ちた。
「あ」
「ああっ!なんでそんなとこに!?」
「それはこっちの台詞だ!」
 まったく、なんのための銃だ。ばかじゃねえのかこいつ。呆れのあまり、本日三度目のため息が出る。
「お前さあ、今この場で俺が銃構えたらどうすんだよ」
 説教するつもりはないが、実際に銃口を向けて訊いてみる。この部屋でならともかく、外でもこんなふうに、銃を放置したまま熟睡するのは危険極まりない。しかしアメリカはベッドの上に座ったまま、緊張感の欠片も無い顔(パニックは治まったようだ)で小首を傾げた。
「うーん、どうするって、べつにどうもしないよ」
「てめえ!せめてホールドアップだけでもしろ!」
「え、なんで?」
 ぶったるんだ態度に呑気な声。油断しきっているこいつは、俺を信用しきっている。
 その事実を喜ぶのも、一笑に付すのも、油断するなと叱るのも違う気がして、とりあえず銃をアメリカの右肩辺りに投げた。次は眼鏡を左へ投げる。もちろんアメリカは右手と左手を使って、両方とも受け取った。つまり、両手が塞がったという事だ。そこで間髪入れずに顔面めがけて上着を叩きつけると、アメリカは再びベッドに沈んだ。こんなもん、まともに喰らうなよ。ばかだこいつ。常々思っていたが、やっぱりばかだ。

 「なにするんだよ」という抗議は無視して、サイドテーブルに置いていた紅茶を入れることにする。今ならば朝一番の紅茶に相応しく、黒々と濃い色になっているだろう。カップにミルクをたっぷりと入れてから、そっと紅茶を注ぐ。すると立ち上る香りに釣られてか、抗議の声も止んだ。
 上着も眼鏡も銃も放って半身を起こしたその鼻先に、カップを差し出す。飲め、と促せばアメリカは素直に受け取り、ひとくち飲んだ。それから小さく息を吐いて、俺の名を呼ぶ。いぎりす。
「おはよう」
「なんだ、急に」
「うーん、なんか、朝だなあと思って」
「やっと起きたか」
「うん」
 朝の紅茶を飲みながら、あまり中身の無い会話が延々と続く。だいぶ明るくなった窓の外の空には、珍しく雲が見当たらない。今日は晴れそうだ。こんな日に大陸へ行って会議などに出席しなければならないというのは、少し癪だ。もう少しゆっくりしていよう。そう思い、二杯目を注ごうとしたら「俺もおかわり」と言われた。空のカップを差し出すアメリカは、まだ眼鏡すらかけていない。

夜はとっくに明けている/英と米/2007.06.12.
武器が無くても視界が悪くても安心できる場所。