毎年、裏庭の栗がごろごろ落ちる頃になると、お姉ちゃんがやってきます。お姉ちゃんは秋から春まではイギリスの家に住むです(お姉ちゃんは「住んでるんじゃなくて泊まってるだけ!」って言うですけど、シー君には住むのと泊まるのとの違いが、よく判らないです)。
お姉ちゃんはいつも「さむいさむいー」って言いながら洗濯して、お掃除して、ご飯も作るです。ときどき来るお手伝いさん(ベテランなおばあちゃんです)みたいに働いてるですけど、お姉ちゃんはイギリスが使ってる緑のチェックのエプロンを着けてるです。だからお手伝いさんじゃないです。お手伝いさんは、やといぬしのエプロンなんか着けません。
お姉ちゃんが来ると、南国の話とか、亀の話とかがいっぱい聞けるので楽しいです。それにご飯のレパートリーが増えるので、食べるのも楽しいです。イギリスの作るご飯は三日であきちゃいますけど、お姉ちゃんの作るご飯は一週間でも二週間でもあきません。
今日のお昼ご飯は、辛くないエビチリです。すごくおいしいのでたくさん食べていたら、電話のベルがじりりーんって鳴りました。お姉ちゃんはスプーンを置いて「誰かなあ」と呟いてから、席を立ちました。そして、ハローじゃなくてアローと言って、部屋のはしっこにある電話に出ます。
電話の相手は知り合いだったみたいです。お姉ちゃんは「お久しぶりです」「ええ、そりゃもう元気にしてますよ」「元気すぎてぶっちゃけ困ってます」とか色々言ってます。
その声を聞きながら、シー君はエビチリのおかわりをよそいに行きます。お皿は空になったけど、お鍋の中にはまだまだ残っているはずです。テーブルの上にはサラダもありますけど、そっちは食べる気がしないです。
「シー君、フィンランドさんから電話だよ……って、またエビチリ!?」
お姉ちゃんは受話器を持ち上げたまま、大きな声を出しました。これじゃフィンランドにも丸聞こえですよ。
「ちゃんと野菜も食べなさい!」
「エビチリにも野菜が入ってるです」
「そうじゃなくってサラダ!」
「サラダなんてイギリスの野郎にくれてやればいいのです!」
「確かにあいつってばグリーンサラダ大好きだけどっ!」
もう、しつこいですね。だいたい野菜だっていやいや食べられるよりは、おいしいおいしいって食べられるほうがいいに決まってるのに……お姉ちゃんは野菜に厳しいです。これじゃ、野菜がかわいそうなのです。
「お姉ちゃんはもっと野菜の気持ちを考えるべきです!」
「くあ?な、なに??」
ふふん。シー君の正論は、時として大人をも絶句させるのです!
さてさて、ぽけっとしてるお姉ちゃんから受話器をもらうのです。こっから先はシー君のタァーン!なのですよ。
「ハローハロー、こちらシーランド。応答せよ!」
「はい、こちらフィンランド!久しぶりだね、シー君」
フィンランドは笑いながら(顔は見えないけど、たぶん笑ってるです)「元気にしてる?」とか「いい子にしてる?」とか聞いてきました。もちろんシー君はいつでも元気ですし、それにとてもいい子ですから、ちゃんと答えました。
でも「野菜も食べなきゃだめだよ」って言われたときは、ぎくっとなりました(やっぱりお姉ちゃんの声は丸聞こえだったんです!)。でもでもシー君は「サラダは好きじゃないけど、サンドイッチの野菜なら食べられるし、カレーとかシチューのにんじんならいっぱい食べられます!」って答えました。するとフィンランドは「そうか、それならいいけど」って言って、黙りました。
どうしたんでしょうか。電話で黙るのはマナー違反なのに。……きっとなにか理由があるに違いないのです。
「どうしたんですか」
「うーん、あの、実はさ、最近、スーさんの機嫌が物凄く悪いんだよ」
フィンランドは言いにくそうに話を続けました。朝一番にかかってきた電話の声が怖かったとか、映画見る約束してたのにドタキャンされてしかも睨まれたとか、ご飯作ってもいらないって言われたとか、色々話したです。フィンランドは普段から(なぜか)パパを怖がってますけど、その分をコウリョしても、最近のパパは機嫌が悪いんだってわかりました。
一体何が原因なんでしょう。パパは無意味に怒ったり、やつあたりするひとじゃないです。むしろ、がまん強くてキレにくいひとです。
たぶん悪いのは周りのやつらです。スカンジナビアか、大陸の連中か、ロシアか?それともイギリスの野郎とか?
「それでさ、今朝も電話で、イギリスさんからの連絡が来ないとかなんとか言ってさ。そんなこと、僕に言われても、」
「あんの野郎!やっぱりやりやがったのですね!?」
「え!?心当たり、あるの?」
「ないけどあります!ぼくとお姉ちゃんが全力で責め立ててやるからくわしく話すですよ!」
「え、えーと」
「誰が誰を責め立てるって?」
「だからぼくとお姉ちゃんがイギリスの野郎、を?」
をををおお?!びびびっくりしました!なんでイギリスの野郎がぼくの後ろにいるですか?しかもなんかニヤニヤ笑ってて怖いです!
というか今は昼間です。平日の真っ昼間です。仕事はどうしたですか仕事は。さぼりですか。早退ですか。世間ではカイコだ失業者うん万人だとか騒いでるのに(ニュースでやってました)、なにしてるですかこの野郎は!
「真っ昼間からなにやってるですか!働け!このニート野郎!」
「残念ながら俺はニートにはなれないんだよ。非常に残念ながらなあ」
イギリスはそうやって余計なことを言ってため息をついてから「時間取れたから飯食いに来た」って言ったです。まったく、最初からそれだけ言えばいいのに。そんなふうにイヤなことばっかり言ってると、ただでさえ少ない友達がさらに減りますよ!
シー君のほうがよっぽど文句を言ってやりたくなったです。でも受話器の向こうからフィンランドが呼んでいるので、文句は後回しにします(物事にはゆうせん順位ってものがあるのです!)。耳に受話器を付けて返事をすると、フィンランドは珍しく早口で話しだしました。
「ねえねえ、イギリスさん帰ってきたの?」
「ご飯食べに来ただけですよ」
「じゃあ今そこにいるんだ!」
「い、いるですよ」
「代わって!お願い今すぐ代わって!」
「え」
「僕の寿命とあとスーさんの国益に関わるかもしれない事だから!」
フィンランドはちょっと大げさなくらい、わあわあと騒いでます。うーん、シー君としては絶対に代わりたくないんですけど(だって、邪魔者あつかいされてるみたいでイヤです)、でもフィンランドの寿命に関わるとまで言われたら、代わらないわけにもいかないです。
受話器に向かって「すぐに代わるですよ」と言うと、フィンランドは「ありがとう」と言いました。うん、ちょっとだけいいことした気分になりました。シー君は保留ボタンを押してからイギリスの名前を呼んで、テーブルの方を振り返ります。