【間隙を知る少年】 2/2

 するとそこにはイギリスとお姉ちゃんがいたんですけど、ですけど、その、なんて言うか、ふたりは抱き合って……キスしてたみたいです。
 ぼくが振り返ったとき、ふたりの顔が、すっ、と離れたので、決定的な瞬間は見えなかったですけど。でもなんか透明な糸みたいなよだれ(ですよね?)が見えましたし、お姉ちゃんが口元おさえてるし、イギリスは邪魔すんなよって顔でこっち見たです(まるでぼくが悪いみたいじゃないですか!)。真っ昼間からなにやってるですかこいつらは!なんだかむしょうに恥ずかしいです!
 ぼくがなにも言えずに黙っていたら、イギリスはお姉ちゃんのほっぺにキスしてから、こっちに歩いてきました。そして右手でぼくの頭を、ぽふん、と叩いて、左手で受話器を取りました。保留の音楽が消えて、イギリスが普段と同じ声で「俺だ」と言うと、受話器の向こうから「うわああイギリスさんお願いですお願いがあるんです」という、早口のフィンランド語が聞こえてきました。続きが気になりますけど、盗み聞きするわけにもいかないので、ぼくはテーブルへ戻ることにします。

 テーブルの上にはイギリスの分の取り皿が置かれてました(お姉ちゃんの隣の席です)。からっぽになってた大きなお皿には、エビチリがたっぷり入ってます。お姉ちゃんも自分の席に座ってます。でも、お姉ちゃんはぼーっとイギリスを見たまま動きません。ぼくがわざと音を立ててイスに座っても、お姉ちゃんは動きません。
 ……気まずいです。
 こういうときはどうしたらいいですか?わからないけど、とりあえず足をぶらぶらさせてたら、お姉ちゃんがこっちを向きました。でもすぐに目をそらしました(顔がちょっと赤いです)。それからぷくっとしたくちびるを尖らせて、聞いてもいない言い訳をはじめたです。
「だって、次に会えるのは4日後の真夜中だって言うし、今だってあと1時間しかいられないって言うから、つい、こう、がばっといっちゃって、」
「もういいですそれ以上聞きたくないです!」
 ぼくは、なんだかやばいことを聞かされそうな気がして、大声で叫びました。するとお姉ちゃんは急にニヤニヤ笑って「おやおやあ?シー君ったら、お顔が真っ赤ですよお?」なんて言いました。なんでそんなに余裕なんですか!わけがわからないです!大人は変です!

 お姉ちゃんの視線から逃げるように下を向いてエビチリをばくばく食べていたら、イギリスが席に戻ってきました。お話は終わったみたいです。シー君は顔を上げて部屋のはしっこを見たですけど、受話器は元の位置に戻されてました。イギリスの野郎、勝手に電話を切ったですね。シー君にかかってきた電話なのに。
 エビを噛みながら睨むと、イギリスはレタスにフォークを刺しながら「あいつは今休憩中で、そろそろ戻らないといけないんだよ」って言いました。まあ、むかつくけど、筋は通ってるので納得してやるですよ。

 イギリスは芋虫みたいに野菜をたくさん食べます。いちおうドレッシングもかけるけど、でもかかってない野菜もバリバリ食べます。この前「なんでそんなに食べるですか」って聞いたら、真っ赤なトマトをシー君の目の前に突きつけて「これは太陽の恩恵だからだ」とか言ってたです(そういえばトマトじゃんきースペインの家は、晴れが多いです)。
 サラダばっかり食べてるのを見かねたお姉ちゃんが、イギリスの取り皿にエビチリを山盛りにして「ほら、こっちも食べてください」って言いました。イギリスは頷いて、お皿を受け取ります。でもエビチリを食べる前に、シー君の名前を呼びました。なんでしょうか。シー君が顔を上げると、イギリスはこう言いました。
「食い終わったらストックホルムに行くから、お前もついて来い」
 ストックホルムというと、パパが住んでる街です。
「どうしてですか?」
「お前、セーシェルが来てからずっとうちにいるだろ?それでスウェーデンのやつが拗ねてんだよ」
 そういえばそうです。フィンランドと話したのも久しぶりだった気がします。でも、そんな理由でパパの機嫌が悪かったですか?なんだか子供みたいな理由です(パパはれっきとした大人なのに)。うーん、でも、フィンランドも大変そうだから、シー君がひとはだ脱いでやるですよ!
「わかったです。パパの機嫌を直してやるですよ!」
「ああ、頼む。フィンランドもだいぶ参ってるみたいだからな」
 イギリスはそう言うと、手に持っていたお皿を置いて、お姉ちゃんに手を伸ばそうとして……こっちをちらっと見て、止めました。

 お姉ちゃんはいつの間にかそっぽを向いてました。シー君からは、不満そうにくちびるをかんだ横顔が見えますけど、イギリスからはお姉ちゃんの顔が見えません。イギリスは困った顔をして、お姉ちゃんに話しかけます。
「なんだよ、今度はお前が拗ねてんのか」
「そんなことありません」
「なんならお前も行くか?今ならねじ込めるし、」
「あんな寒いところに行ったら凍死します」
 お姉ちゃんの声は冷たいです。とりつく島もないってやつです。きっとイギリスが仕事ばっかりしてるからです。かいしょうなし、じゃなくて、えーと……
 考えながらエビチリを食べていたら、イギリスがお姉ちゃんの肩をぐいっと抱き寄せて、小さな声でなにか言いました。お姉ちゃんは抱き寄せられたまま、動かないです。ぼくはエビをもぐもぐと噛んで飲み込もうとしたんですけど、なかなか飲み込めません。喉がうまく動いてくれないです。
 そっぽを向いていたお姉ちゃんの顔が、イギリスと向き合いました。ぼくはお皿とスプーンを置いて、コップの水でむりやり飲み込みました。もうエビチリを食べる気にはなりません。きっとお腹がいっぱいになったんです。
 ふたりは黙ったまま見つめ合ってます。お姉ちゃんの手がイギリスの肩にそっと乗りました。ぼくは両手でテーブルを叩いて、立ち上がります。
「もうお腹いっぱいです!」
 叫ぶ気なんかなかったけど、大きな声を出しちゃいました。でもいいんです。とにかくぼくはこの部屋を出て、パパの家へ行く準備をするです。イギリスがびっくりした顔で「そんな言い回し、どこで覚えたんだ」とか変なこと言ってますけど、無視してドアを開けるです。

 ぼくは部屋を一歩出てから、ドアを閉めるために振り返りました。するとドアの隙間から、お姉ちゃんの腕がイギリスの首に巻きついてるのが見えました。がばっといっちゃった、みたいです。真っ昼間なのに。子供が見てるのに!
 ぼくは大慌てでドアを閉めました。ばたん、という大きな音がしたけど、きっとふたりは気にしてないに違いないのです!

間隙を知る少年/2009.01.25.
グリーンサラダ≒EUの恩恵