緩やかに広がっていく一本道

1.


 びりびりと自らの生徒証を破いた栗田は、泣きもせずにただ呆けていた。その姿を直視する事ができずに、俺は扉に背を預け目を逸らす。目付きがどんどん険しくなっていくのが自分でも判る。一体、何故こんな事になった?
 こんな時でも何か言ってくれそうなヒル魔は、通知を聞くと同時にどこかへ駆け出して行ってしまった。この非常識な事態に心当たりでもあるのだろうか。それとも、何かしらの手だてがあるのだろうか。気にはなったが、今の栗田を放って行くわけにはいかない。

 そのまま二人で黙ったまま、どのくらいの時間が経ったことか。夕日は沈んで教室内も暗くなり、最終下校時刻を告げるチャイムも流れた。
 こんなにも長い間、こいつと沈黙していたのは初めてだ。気の利いた言葉の一つもかけてやれない自分の性分が恨めしい。
 しかしこのまま朝までじっとしているわけにもいかない。俺は佇んでいる栗田へ歩み寄った。

 「栗田、」とそっと名前を呼ぶと、やつはゆっくりと振り向き、空っぽの目で俺を見た。ああ、駄目だ。言葉が続かない。
 言い淀む俺を見る栗田の目の焦点が、徐々に定まっていく。そしてぴたりと目が合った途端、栗田は静かに泣き出した。いつものように大声で泣くのではなく、静かに。俺はもう本当に言葉を失くして、栗田を見ている事しかできなくなった。足の裏が床に張り付いて動かない。栗田は静かに泣いている。ヒル魔はどこに行った。どうしてここには俺達二人しかいないんだ。



/1/→next