1.目の前のエサ (ケルベロス)
小早川瀬那というチビは、足が速いという点以外の全てにおいて欠けている。頭は悪いし要領も悪いし、なにより気が小さい。平たく言うとビビリなんだ。アメフトをやってるときは、自分より二回り以上も大きな敵へ突っ込んでいく度胸を見せるくせに、おれがちょっとでも凄めばすぐに、ひい、とか情けない声を出して逃げて行く。
逃げられたら追いかけたくなるのが人情(おれは犬だから犬情と言うのが正しいか?)ってもんだろう。おれは鎖を引きちぎって小早川瀬那を追いかける。視界の隅で、ヒル魔がこっちを見て笑ってる。あいつは、4秒2の走りが好きだからな。
小早川瀬那は、初めて会ったときからずっと、おれのことを怖がってる。おれから逃げるときは、いつも全力で走る。だからおれは、しょっちゅう追いかける。4秒2の走りを見た後のヒル魔は、いつも上機嫌でほねっこをくれるし、たまにおれの頭を撫でてくれるからだ。