5 異文化 (クジャク)
「わたしセリカっていうんだけど、あんたはなんて名前?」
長い髪を高い位置で二つに結った女の子がそう聞いてきたので、おれは自分の名前を聞き取りやすいようにゆっくりと言った。クイスリング・ジャック。けれどセリカという女の子は「クリス?」などと聞き返してきた。大学でも何度も同じように聞き間違えられたが、だからといって慣れるものではない。おれは語気を強めてさっきよりもゆっくりと発音する。「クイスリング、ジャック?」と今度は正しい名前が返ってきたので、おれは大きく頷いた。するとセリカはあどけない笑顔で「よろしくね」と言った。
日本人は童顔が多い。しかも笑うとさらに幼く見える。セリカは何歳なのだろう。十四歳くらいかな。
考えていたら、奇妙なイントネーションの声がした。
「なっがい名前やなあ。あだなとか無いんか?」
辛うじて聞き取れたのは「名前」という単語だけだった。だからおれはもう一度自分の名前を言ってみたが、その男はぱたぱたと手を振って否定した。なんだろう、と困っていたらセリカが突然「じゃあ、クジャクってのはどう?」とおれを指差して叫んだ。
きっとおれの名前を縮めてニックネームをつけてくれたのだろう。半ば勢いに圧されて頷けば、セリカは隣に立つ男を振り仰ぐ。彼は「クジャク……孔雀、か。ええんとちゃう?」とやはり奇妙なイントネーションで言った。
この男は何者なのだろうか。年はセリカより何歳か上くらいにしか見えないが、雰囲気というか佇まいがティーンエイジャーらしくない。そしてなにより喋り方が変だ。たぶん日本語を話しているのだろうけれど、恐ろしく聞き取りづらい。
「お前、孔雀っちゅう鳥、知らんか?」
「ねえユーズ、せめて標準語で話そうよ」
「うっさいわ。……んー、せやなあ」
彼は鞄からスケッチブックを取り出し、鉛筆で何かの絵を描き始めた。もしかして彼も美大生なのだろうか?慣れた手つきで筆を走らせる彼は、三十秒ほどで絵を描き上げてしまった。そして、うん、とひとつ頷くと、くるりとスケッチブックをおれの方へ向け、絵を見せる。
鉛筆一本で勢いよく描かれたその鳥は、力強く鋭く美しく、おれの目を射抜いた。