1. Batard
最近、栗田はフランスパンがお気に入りらしい。本人曰く「一口にフランスパンって言っても、色々と種類があって、みんなそれぞれおいしいんだよ」との事だが、俺にはちっとも判らない。フランスパンといえば、細長くて固いパン、という事しか思いつかない。大して美味いと思ったことも無い。
いや、そんな俺の嗜好はどうでも良い。問題なのは栗田だ。奴は限度というものを知らないらしく、朝練前にまず一本を軽々と平らげる。終わってからもまた一本。昼飯のデザート代わりに二本。午後練の前には1/2本を食べ、残りの半分は午後練の休憩中に平らげる。練習が終わった後は「晩御飯があるから」と言い、食べてはいないが……あの様子では、夕食後のデザート代わりにもう一本くらい食べているかもしれない。
これはさすがに異常だろう。味のある菓子パンならまだしも、何のひねりも無いごくごく普通のフランスパンを、ジャムやバターも付けずにそのまま食べまくるなんて。せめて水くらい飲んだらどうなんだ。喉に詰まるのは餅やスコーンだけじゃないんだぞ。
ヒル魔曰く「ロールケーキを丸呑みされるよりはマシ」との事だが、それはあの野郎が極度の甘味嫌いだからだろう。俺だったら、まだロールケーキ丸呑みの方が理解できる。ロールケーキは甘いし、しっとりしているからな。
「なあ栗田、毎日同じ物食ってて飽きないのか?」
「飽きないよ?それにね、今日のコレは初めて買ったんだ。駅前にできた新しいお店のなんだけど、中身がもちもちしてて、美味しいよぉ」
「……ん、そうか」
「はい。ムサシも食べてみてよ」
「あ、ああ、ありがとな」
ちぎったパンを差し出され、俺は思わず受け取ってしまった。隣で会話を聞いていたヒル魔がケタケタ笑いながら「ほっとけ。どーせすぐ飽きる」と言って寄こした。果たして栗田はすぐに飽きるのだろうか?とてもそうは思えない。案の定、栗田は「そんなにすぐ飽きないよ!」と反論し、またしてもフランスパンをちぎり、今度はヒル魔に差し出した。妙な流れではあるが、結局、三人で食うことになった。
大した期待もせずに口へ放り込んだフランスパンは、表皮がパリパリしていた。そして栗田の言う通り、中身はもちもちしていた。だが、やはり味はしない。これのどこが美味いんだ?さっぱり判らないまま、俺はフランスパンを咀嚼し、飲み込んだ。
2006.11.02.(2007.01.13.若干修正)