Yummy or xxx? / Batard [Soup] Cookie / After words

2. Soup

 なんでこいつらは揃いも揃って非常識なんだ。俺も大概非常識だと言われるタチの人間だが、俺は常識を知った上で破っているのだから、こいつらとは違う。常識という枠をうまく超える為には、まず枠内の掟を知らなければならない。知らずに枠を飛び出してしまえば、自分の現在位置さえ簡単に見失う。ちょうど今のこいつらのように。
 現に糞ジジイは自らが作り上げた非常識を非常識だとも思わずにいる。その隣に座った糞デブは、疑いもせずに非常識を飲み干している。そして「おいしいねえ」と間延びした声で言い、にこにこ笑って、俺を見て、固まった。丸い目をゆっくりと瞬かせて「ど、どうしたのヒル魔」と問う。どうしたもこうしたもあるか!

 ここは一発気合を入れてやろうと思い、俺は目の前にあるチャブダイを逆手で掴んだ。そしてそのままひっくり返そうとしたのだが、小さなはずのチャブダイはびくともしなかった。糞デブが泣きそうな顔で両端を押さえたからだ。「だめだよお食べ物は粗末にしちゃいけないんだよお」という弱々しい声とは裏腹に、かかる力は物凄い。しかも両端をしっかりと均等に押さえている為、重心が据わりまくっている。チャブダイの上に所狭しと並んだ三人分の味噌汁(仮)白飯肉じゃがを守ろうと必死なのだろう。こんなところでまでバカヂカラを発揮しやがって、この糞デブが。タタミがメリメリいってんぞ。
 俺はチャブダイをひっくり返す事は諦め、手の平でタタミを強く叩いてから、糞ジジイに向き直った。

「こ・の・糞ジジイ!テメーは顔だけじゃなくて味覚までフケてんのか!?それとも一週間分の塩分を味噌汁一杯で補う気か!?」

 と、ひとくち飲んだだけで非常識だと判る塩分を有した味噌汁(仮)を指して叫んではみたものの、当の糞ジジイはほんの少し眉を寄せて軽く唸るのみだ。しかも左手で顎をさすりながら「ああ、味が濃かったか?」と微妙にズレた事を言いやがる。頭は悪くねえくせに、どうしてこう鈍いんだ。

 

 そもそも三人で武蔵家のチャブダイを囲んで和食を食う事になった発端は、「和食は最近食ってねえ」という俺の言葉だった。午後練を終えて着替えている最中に交わしていた雑談、その中での何気ない発言だ。他意など無かったし、そもそも意味すら無いような発言だった。だが、二人にとっては衝撃だったらしい。
 和洋中なんでもよく食う糞デブは「ええっ!それはだめだよお」と筋の通らない批判をした。次いで、毎朝和食を食っている糞ジジイは、残り物で良ければすぐに用意できるし味噌汁くらいなら作れるから今すぐうちに来い、という主旨の事を、やけに重たい口調で言った。口ぶりから、両親は留守なのだろうと察せられた……が、いつにも増して偉そうな命令口調だった。おまけに糞デブまで精一杯固くした表情で「うん、そうだね、それがいいよ」なんて言いやがった。これで2対1。勝ち目なんざありゃしねえ。
 片付けを終えて部室に入ってきた一年連中は、目を白黒させて俺達を見ていた。終いには、怖いもの知らずで通っている鈴音が「なになに、ケンカ?」と訊いてきた。端から見ても、俺達の空気は剣呑だったらしい。周りに与える影響に気付いた栗田が、即座に表情を和らげて「ううん、違うよ」と否定すると、鈴音は安堵のため息を吐いた。
 しかし、糞ジジイは俺を睨み付け、「違う。ただ、こいつがあまりにも非常識なもんでな」などとのたまった。どの面下げて吐きやがる。非常識なのはテメーじゃねえか!?

 

「……なんだ、そんなに不味かったのか?」
「美味い不味い以前の問題だ!なんだこの液体は!?味噌の味しかしねーじゃねえか!!」
「そうか?ちゃんとダシも取ったし、豆腐と油揚げも入れたんだが」
「それ以上に味噌が入りすぎなんだよ!この分じゃあ鍋の底にも味噌が溜まってんじゃねえのか!?」
「そりゃあ、普通は溜まるだろう」
「えっ?えええぇっ!?ちょ、ムサシ、それはないよお!?」
「……そうなのか?」

 栗田が驚いてからようやく、糞ジジイは自らの非常識を省みる気になったらしい。しきりに首を捻りながら、味噌汁の作り方を栗田に訊いている。本来、栗田は食う方専門だが、和食に疎い俺へ訊くよりは確かだろう。その証拠に少々の会話だけで、問題は味噌の量のみだと判明した。
 すると糞デブが「確かに濃いけど、おダシも利いてておいしいのになあ」と言い出した。眉間にシワを寄せ、うんうん唸って何事か思案した後、ぱあっと顔を輝かせて俺を見た。良い予感がしない。
 「ヒル魔、おわん貸して!ムサシ、ポットにお湯ある?」と、俺の分の味噌汁(仮)を持って、糞デブは台所へと向かった。ムサシがほんの少し眉を寄せて「なあ、あいつまさか、」と俺に話を振ってきた。ああそのまさかだろうな、と答える気にもならない。
 一分もしないうちに糞デブは戻ってきた。どたどたと慌ただしくこちらへ駆け寄ってくる。そして味噌汁(仮)がなみなみと注がれた器を俺に差し出し、何から何まで丸っこい顔に満面の笑みを浮かべてこう言った。

「はい!お湯で薄めてきたよ!これなら塩分も大丈夫だし、薄味だから、残さず全部飲めるでしょ?」
「全部飲んだら塩分摂取量は同じだろうがああ!!」
「いや、別に全部飲まんでもいいだろう」

 糞ジジイのツッコミなんざ無視だ無視。俺は今度こそ、チャブダイをひっくり返した。

2007.01.13.