10 大人気ない (ナイア)
ROOTS26でエリカが勧めてくれたトップスを試着していたら「ふざけるな!」という大きな怒声が聞こえてきた。なにかと思い試着室から出ると、エリカが頭に手を当て俯いていた。
「どうしたの?今の、なに?」
「……セムと、ユーズ」
奥で打ち合わせしてるの、と言い、エリカはうんざりとした表情で続けた。
「セムって、ユーズ相手だと余裕が無くなっちゃうみたいで、すぐ怒鳴るんだよね。まあ、今はナイアの他にお客さんいないから、まだいいんだけどさ」
はあー、と特大のため息を吐くエリカは、多分何度もこんな状況に遭遇しているのだろう。客がいれば頭を下げなければならないし、時には二人の間に入って止めなければならない。
これはかなり大変だろう。せめて今日くらいは私が代わってあげるべきだ。あの二人にはビシッと言っておかなければいけない。
私が行ってくるわ、と言い奥へ入ると、扉一枚隔てたセムの怒声がまた聞こえてきた。どうせユーズが煽っているに決まってる。ああまったく、こいつらときたら!
ノックもせずに勢いよくドアを開けると、こちらを向いて座っていたセムがぴたりと口を噤んだ。
「あんたたち、いい加減にしてちょうだい!店の方にまで声が響いてるわよ?!」
私の言葉に「すまない」と謝ったのはセムだけだった。ユーズはこちらを振り向きもしない。少しも慌てずに「今日はここまでやな」と言い、テーブルに散らかった書類をまとめ、セムに手渡した。それらには簡単な絵が描かれており、二人はまた仕事の(おそらく新作の映像の)打ち合わせをしていたのだと察せられる。
ユーズが立ち上がるとセムは不服そうに「まだ、」と食い下がるが、その続きは遮られた。
「今日は打ち合わせに来たんや。それはもうとっくに済んだやろ。それともお前、俺の仕事ぶりに文句あるんか?」
さらりと発せられたその言葉は、実力を伴ってこそ効力を発揮する。故にユーズが言うと、誰も言い返せなくなるのだろう。セムは、音がしそうなくらいに強く奥歯を噛んで下を向いた。それを見てからユーズはこちらを振り返り、私の横を通って部屋を出る。そのついでに、私のうなじを指差して「値札付いとんで」と言って笑う。ああうるさいわねえ、この性悪男!